半分の月

 芝生の家の中から聞こえてきた猫の鳴き声。クレープ?いや,この声はクレープのものではない。クロのものでもない。長いこと猫を飼っていると,それぞれの猫の鳴き方や声の質は分かるようになる。誰でもがそうなのかは知らないが,私にはそれができたのだ。長い間入院している人が,見舞客の足音でそれが誰なのか分かるように。鳴き声の方を見ると,見たことのない猫が私の方をじっと見つめていた。全身が灰色のブルーキャットだ。日本の猫には少ないタイプで,いかにも上品を身に纏った感じがする。そして冷静に状況を判断し,今の私の境遇を見透かされているように感じた。いやいや,何を怯えているのだろう。相手は猫ではないか。そう自分に言い聞かせようとしたのだが,そんな様子さえもすべてお見通しだと言わんばかりにブルーキャットは私を鋭く見た。その虹彩も碧く透き通り,縦に長く伸びた瞳はまるで2本のナイフのように見えた。ブルーキャットは再び小さな声で短く「ミャ」と鳴くと私に背を向け歩き始めた。  「待って!」 と思わず声を出してしまった。いけない!家の人に聞かれたりしなかっただろうか。しゃがんでいた姿勢をさらに低くして身を隠した。けれどもそれはほとんど無駄な行動だった。しばらくその姿勢のまま息を飲みながら過ごした。幸いなことに家の人は誰も出てこなかった。留守なのかしら?それならば一刻も早くこの場を去らなければいけない。

 空を見上げた。雲の間に月が見えた。家を出るときは曇り空だったのに,いつの間にか青空が見え始めていたのだ。月は雲の切れ間の隙を突くかのようにその存在を示した。半月だ。円を真っ二つに分けるその直線は美しすぎるほどだ。定規で丁寧に線を引き,そこにカッターの刃を鋭く立て,何の迷いもなく切り裂いたかのように。切り口に手を添えようものならば,指先を切ってしまうほど鋭い切り口だ。自然界にこれほどの綺麗な直線は他に存在するのだろうか。半月の切り口をそのまま延長していったらどこに辿り着くのかしら。宇宙の果てまで行き,その深淵に飲み込まれるのだろうか。あるいは直線は深淵さえも打ち破り,再び元の位置に戻るのではないか。壮大な回廊のように。宇宙の果てから戻ったとしたら,それはもはや直線ではなく円になってしまうのではないかしら?そういえばいつかダンナが言っていた。直線は円の一部なんだ。その言葉を聞いたときまったくその言葉の意味が理解できなかった。けれども今,半月の美しい直線を見て理解できた。直線は円の一部なのだ。しかもその月の片側には円の一部であるきれいな弧が描かれている。その弧の滑らかな曲線に見とれていると再びブルーキャットの鳴き声が聞こえた。そして今,自分の置かれている状況を認識することが出来た。どこまでも続く半円の直線とその円弧。私はその中に捕らわれているのだろう。それゆえ半円の中から抜け出せないのだ。ようやく自分の置かれている意味が飲み込めた。ここから出ることは永遠に出来ないのだ。私は小さな半円に閉じ込められた。そしてその淵をどんなに辿ったところでその領域からは出られないのだ。もう二度と外の世界には出られない。クレープにもダンナにも,そしてはなちゃんにも会えない。それが私の置かれた世界なのだ。半分になった月を見ながら,それでも私は絶望を感じなかった。これが夢なのだと思うわけでもなく,確かな現実として捉えていた。決して安直な考えがあったわけではない。家に戻れずクレープの世話が出来ず,ダンナに食卓を提供できなくてもそれはひとつの世界なのだと。クレープはどうなるのだろう?きっと私が居ない世界で,お互いの存在をそれなりに認めながらもダンナと共同生活するのだろう。過不足を感じながらそれでもどこかで妥協しつつ過ごすのだろうか。妥協?あのダンナがそんなことをするのだろうか。ああ,もうどうでもいい。今はずっと半分になった月を見ていたい。永遠の直線を眺めていたいのだ。