逡巡

はなちゃん,こんにちは。返事が遅くなってごめんなさい。クレープの首輪からはなちゃんの手紙が床に落ちていたのに気づきませんでした。 ここまで書いてすでに信用金庫のメモの半分が埋め尽くされていた。私の字が大きすぎるのだ。いやいやこんなことを記し…

はなちゃん

こんにちは。今日は私のことを少し書きます。私はいま高校3年生です。女子校に通ってます。受験生なので勉強をしっかりしなければなりません。けれども家のことや体のことがあって学校はしばらく休んでいます。学校に行けず勉強も捗らない辛い毎日を過ごして…

薄い紙

今年の梅雨明けは突然だった。梅雨入りが遅かったので,7月中は雨の日が続くものと覚悟していたのだが,月が変わったかと思ったらすぐに梅雨明けが報じられた。梅雨の時期が短いとまた,夏場の水不足が心配だ。もっとも,ねこにとってそんなことはまったく気…

毛繕いとねこのストレス

暑いのが苦手な人も居れば,寒い日には大げさなくらいの防寒着を着て出かける人もいる。寒い日は動けば暖かくなるが,暑い日はそうした解決策がない。だから暑い日は嫌だ。そんな意見もある。でも,汗をかくことで体温調節が出来る人間はまだいいのかもしれ…

ねこの習性

ねこにはいくつかの習性がある。ねこを飼っている人ならば少なからず思い当たる節があるだろう。例えば新聞を床に広げて読んでいるときその上にゴロンと転がる。転がる場所はちょうど読んでいる記事の上と決まっている。強引にめくろうものならば,その身軽…

幕間

私たちのねこ通信は必ずしも毎日あるわけではない。比較的時間に余裕がある私は毎日でも書くことができるだろうが,忙しい(かもしれない)彼女にそれが負担になってはいけないと気を遣っているのだ。食事を作ったり庭の芝生やプランターの手入れ,それに学校…

ねこ通信

リビングの時計を見ると11時を過ぎていた。私が起き上がると,さすがにクレープも眠り続けるわけもいかず起き上がった。大きなあくびをし,ねこ特有の伸びをするとまたすぐにソファに横になり眠ってしまった。いつどこから帰ってきたのかしら?窓は閉まって…

彼女の部屋

ようやく食事を終えたあと,しばらくはソファに寄りかかりぼんやりしていた。いつもならばすぐ後片付けをするのだが,そんな気になれなかった。ダンナはすでに書斎に戻り再び蟻の図鑑に顔を埋めている頃だろう。私は半分も食べられなかった皿に残っている夕…

無彩色の世界

月明かりの無い夜にクレープが出掛けてからしばらくしてダンナは蟻の巣穴の観察を終え家に入りそのまま書斎へ直行した。蟻の行動を見ていて何かを思い出したかのようだった。「女王蟻の生態が…」と呟いていた。女王蟻?女王蜂はよく聞くけど,蟻にも女王が居…

新月の夜のお出かけ

ダンナが帰ってきた。昨晩のこともあり,私はちょっとバツが悪かった。でも,ダンナはそんなことはまったく気にしている素振りも見せなかった。いや,表現が適切でない。ダンナの名誉のために言えば,彼はまったく前夜のことなど気にしていなかったのだ。ダ…

しっぽの振り方とクレープの機嫌

後味の悪い夢から覚めたとき,日はまだ十分高い位置にあった。夢と湿気のせいで私は汗をかいていた。すぐに時計を見る気にはなれなかったが,おおよその時間の見当はついた。上半身だけ起き上がり,しばらくはぼんやりしていた。そして思い出したように私は…

黒ねこの夢

「こんにちは。返事ありがとう。この子はうちで飼っているねこです。クレープという名前は私がつけました。あなたも同じように呼んでくれると嬉しいです。クレープは私たちが引っ越してきて間もなくやって来ました。その時はまだ,子ねこでした。だからこの…

半分の便箋

「こんにちは。クレープの飼い主さん。この子の名はクレープという名前なのですね。なんてかわいらしい名前なんでしょう。あなたがつけた名前なのでしょうか。わたしはずっとこの子のことを『ミケ』と呼んでいました。それで彼女は何度も返事をしてくれたの…

はじめてのプレゼント

何事もなかったかのようにクレープは帰ってきた。もうすぐ昼になるのは確かだったが,午前中に帰ってくるとは思っていなかった。クレープは首輪をしたまま,庭からリビングに上がった。私は冷や麦をすくいかけた箸をテーブルに置き,彼女の近くに座った。ク…

長い午前の時間

彼女もまだ最初は子ねこだった。その後は皮肉なことに,拾ってきた私との相性は最悪だった。ただ,それも最初からのことではなかった。何がキッカケだったのか,今となっては思い出せないが,多感な時期を迎えていた私のわがままが最大の原因だったのだろう…

迷い道

「どちら様でしょうか」と女の子は,会社で研修をきちんと受けたような感じの,少し線の細い声で言った。 「あの~,ちょっとお話ししたいことがあるんですが」と,私は彼女の問に答えず,いきなり本題に入ろうとした。 「どういったご用件でしょうか」と彼女…

ぶちねこ

... はじめて飼ったねこは,白と黒のまだら模様のぶちねこだった。色の割合は白地をベースに黒の模様が入っていたので,八割がた白だった。耳には黒色はなく,背中の左側に四国の地図のようなまだらがあるのが特徴だった。ぶちは弟が近所で拾ってきたのだ。 …

表札のない家

翌朝,いつものようにダンナが出勤すると,私はラジオのスイッチを入れ FM を聴きながら洗濯と朝食の後片付けをした。洗濯機がまだすすぎの状態のとき,二階に上がり布団をベランダに干していた。毛布を干し次に敷き布団を取りに行こうとしたときに,クレー…

返事

私はこれ以上嘘はつけないと思った。母が来ていなかったことを正直にダンナに話した。するとダンナは, 「何でそんな嘘をついたんだ。先方にも失礼じゃないか」と言った。 「ごめんなさい。どうしても今日は出かける気になれなかったの。ちょっと考え事をし…

短い手紙

私はクレープを起こさないように,そっと首輪を外した。そしてネームプレートのカバーをとり,「ミケ」と書かれた紙をそこから抜いた。すると,その下には丁寧に折られた一枚の薄い紙があった。取り出す前からそこに文字の存在が確認できた。二度折られたそ…

嘘をついた夜

昨日とまったく同じ種類の首輪をしてクレープは帰ってきた。のみ取り用の白い首輪だ。ネームプレートには昨日と同じ字で「ミケ」と書かれていた。それを見て私は確信した。クレープは明らかに他の家にも上がっているのだと。もし家まで上がらないにしても,…

芝生の庭

私は買い物をやめクレープが下りていった家の道に面しているところを探した。20メートルほどわが家の方に戻ったところに,その家に通じる道があった。ワンボックスカーなら二台は楽に通れるくらいの道幅だった。平坦なその道を三軒ほど進んだところの家の前…

ねこの日光浴とビタミン補給

視界から消えたクレープを思いつつも,私は主婦の仕事をこなしていった 。一軒家に住む私には,掃除をする割合が少し多いのだ。主婦の仕事はよく,炊事・洗濯・掃除と言われる。その大ざっぱな分け方には少々抵抗は感じるのだが,ここは大人になってその分類…

不眠症のねこの存在について

結局「ミケ」と書かれた首輪は外した。どこの誰が付けてたのか分からないものを付けているのは気持ちの良いものではなかった。それにクレープはあくまでもうちで飼っているねこなのだ。冗談じゃない!そう思った。たまに犬やねこに服を着せている人を見かけ…

はじまり

ある日のこと,ふと気づいたことがあった。何かが違う。いつも見慣れた彼女の姿ではなかった。その時すぐには気づかなかったのだが,彼女は確かにいつもと違っていた。 まるでどこかの雑誌の巻末にでもある間違い探しのようだった。右の耳はいつもと同じだし…

ねこの個性

ねこにもそれぞれ個性がある。まず,食べ物に現れる。一般的にねこは魚類が好きだと思われている。実際にキャットフードの種類を見ると,魚の味付けが多い。売れ筋はマ グロやカツオが入っているものらしい。中には「アジ味」といった,ちょっとふざけた名前…

はじめてのお出かけ

翌日の朝,ダンナはいつもの儀式をしに外に出て蟻の巣穴に近づいて行った。庭に続いている窓は開けっ放しだった。過ごしやすい季節だったので,私はダンナに何も言わなかったが,冬になっても同じようにしたら,ちゃんと窓を閉めるように言おうと思っていた…

クレープとダンナ

ダンナは帰宅するとすぐに部屋に行き,パジャマに着替えてから風呂に入る。それから食事をする。冬場は毎日ではないが,暑い時期は必ず風呂に入る。仕事から帰ると仕事 の続きのように,日々同じように行動する。 でも,この日は少し手順が違った。着替える…

わが家へようこそ

買い物を終え,駐輪場に停めてあった自転車に乗り,私は家に向かった。ゆっくり走りながら,あの三毛の子ねこは今どこにいるのだろうか,と考えた。季節はやがて梅雨を迎える頃で,まだそれほどねこにとって過ごしにくい時期ではなかった。昼間には汗ばむこ…

百日紅がお気に入り

木陰に身を置いていた三毛猫は,私が近づいても逃げる気配さえ見せなかった。私のことが視界に入っていないかのように,その場所にたたずんでいた。私が今までに飼ったねこの中で,もっとも小さなねこであることが見てすぐに分かった。小さいと言うよりは,…