返事

 私はこれ以上嘘はつけないと思った。母が来ていなかったことを正直にダンナに話した。するとダンナは,
 「何でそんな嘘をついたんだ。先方にも失礼じゃないか」と言った。
 「ごめんなさい。どうしても今日は出かける気になれなかったの。ちょっと考え事をしていて,あまり乗り気でなかったの。それに私,あまりよく知らない人と呑むのって苦手だから」
 「だからって,ありもしない嘘をつくこと無いだろう。そういうのって俺は好きでない な」とダンナはぶっきらぼうに言った。
 「ごめんなさい」それ以外私は言えなかった。
 「まあいい。済んだことだ。でも,今度からは正直に言えよ。誘ってくれた人には俺からうまく説明するから」そう言うとダンナは寝室に向かった。
リビングに残された私とクレープは,しばらくそのままの姿勢でそこにいた。結婚して はじめてダンナに叱られた夜だった。結婚する前から私と彼はほとんどケンカをしたことが無かった。ダンナは滅多に怒らない人だ。それに反して私はすぐに感情を外に出して怒ってしまう。だからいつも一方的に私が彼にぶつかるか,今夜のようにダンナがいつも にもましてぶっきらぼうなしゃべり方で私のことを非難するのだ。そう,ダンナが怒ったときは,もし「ぶっきらぼう選手権」があればきっと優勝するであろうくらいぶっきらぼうな話し方をするのだ。

 私は気を取り直してから,首輪の返事を再び考えはじめようとした。でも,嘘をついた後悔と,ダンナに叱られたことと,首輪のことが交錯して考えがまとまらなかった。少しへこんだ。へこみながらクレープの頭を撫でていると,お腹が空いていることに気づいた。手紙のことばかり考えていたので,夕食を取り忘れていたのだ。昼食を取ってから食べて いなかったのだから,空腹になって当然だ。何の準備もしていなかったので,簡単にできるもので済ませた。買ってきておいた豆腐とニンジンを細かく切り,干し椎茸を湯で戻し,それをだし汁にしてお茶漬けを作った。干し椎茸は台所の引き出しの中にたいてい入れてある。食材がほとんど無いときに私の母がよく作ったお茶漬けだ。豆腐とニンジンの代わりにエノキや舞茸などのきのこ類や,ほうれん草や小松菜なら軽く炒って酒と醤油で味を整えてからご 飯の上に載せてもいい。要は残り物なら何でもいいのだ。食事を済ませ,ダンナが入ったあとの風呂に入った。湯船につかりながら,また首輪の返事のことを考えはじめた。私は 比較的立ち直りが早いほうなのだ。気持ちの切り替えが上手なのは,ひとつの特技と言っ ていいだろう。

 結局,返事を書いて首輪のプレートに入れることにした。これ以上首輪を外した状態でクレープを外に出しても,きっと彼女?はまた首輪を買ってつけて返すだろうと思ったのだ。いずれにせよクレープの所有権だけは宣言しようと思ったのだ。思い立つとすぐに,信用金庫でもらったメモ用紙を一枚ちぎり,首輪に入れる手紙を書いた。
「こんにちは。この子はクレープという名のメスねこです。首輪をつけてくれてありがとう。でも,この子にはノミはいません」そう記すと四つ折りにしてから首輪のプレートにそのメモを挟んだ。