毛繕いとねこのストレス

 暑いのが苦手な人も居れば,寒い日には大げさなくらいの防寒着を着て出かける人もいる。寒い日は動けば暖かくなるが,暑い日はそうした解決策がない。だから暑い日は嫌だ。そんな意見もある。でも,汗をかくことで体温調節が出来る人間はまだいいのかもしれない。個人的な主張だが,ねこは圧倒的に夏の方が苦手だろう。それは犬もタヌキもライオンもウサギも同じだろう。夏の真っ盛りに動物園やジャングルでお腹で息をしている動物の映像を見たことは誰しもあるだろう。毛皮で覆われた生き物は,人間でいえば真夏にコートを着ている状態なのだから暑くて当然だ。夏の犬が苦しそうに息をハアハアさせながらひたすら耐えている姿を目にする。ライオンは無防備にお腹を出して寝ている。

 ねこも暑いはずなのだが,犬のように息が荒くなっている様子を私は見たことがない。本当は暑いのだろうが,真夏でもじっと耐えているように思える。夏になると毛を刈り上げられている犬の姿は見たことがあるけれども,ねこのそんな姿はあるのだろうか。ねこは頻繁に毛繕いをする。これは体を清潔に維持するためという目的がある。これに関して誰も意義は唱えないだろう。ねこは風呂に入らなくてもシャワーを浴びなくても臭くならない。ひとえに毛繕いのお陰だろう。一説によると,ねこは寝ている時間以外では,かなりの時間を毛繕いに要するらしい。体をきれいにすること以外にもうひとつの役割がある。それはストレスを和らげるということだ。ねこどうしの争いごとや,人には分からない場面でストレスを抱え,それを解消するために毛繕いをしているという見方があるらしい。それゆえ,ねこの毛は刈ってはいけないのだ。ねこと犬との違いは,ねこは暑いときには涼しい場所を探し求めそこで過ごす。廊下の真ん中だったり,押し入れの中,軒下などだ。その場所を見つけるとそこで大きく体を伸ばし,表面積を最大限にして体を冷やすのだろう。犬の場合鎖に繋がれているのなら論外で,涼む場所は選べない。家の中で飼われている犬でも動ける範囲は床とその延長線上なのでねこと比べると選択肢は圧倒的に少ない。冬は冬でやはりねこは日当たりのいい場所を心得ている。晴れている日ならば窓際の特等席があるし,曇っていても家の中のぬくもりのある場所を探し当てる。

 夏が近づいてきてはいるが,夜はまだねこを苦しめるような暑さではない。床どころかふんわりしたソファの上でクレープは静かに柔らかなお腹で眠っていることを知らせている。初夏に我が家にやって来たクレープは今では我が家の一員として過ごしている。そのクレープが運んできた手紙には新たな出会いがあった。まだ見ぬ知り合いはこの家に引っ越してきてはじめて出来たともだちになるのだろうか。彼女のことをもっと知りたい。何歳で何をしている人なのか。どんな本を読んでいてどんな考えを持っているのか。いや,そんなことはどうでもいい。クレープを共有しクレープを介してこれからどんな物語が始まるのだろうか。クレープが運んでくれた“プレゼント”をいま,私ははじめての贈り物の箱をドキドキしながら開けようとしているのだろう。箱の中身は分からない。もしかしていいことばかりでないかもしれない。芝生を荒らしてしまう日が私にやって来るのだろうか。そして大変なことに遭遇して途方に暮れてしまうかもしれない。それでもいい。新たな世界が展開するのならばそれの真っ直ぐに受け入れよう。クレープと私,そして彼女が作る世界ならば受け入れられるだろう。ソファで静かに眠るクレープの胸のプレートをそっと撫ぜながら小さな声で「クレープ」と囁いた。クレープは注意して見ていないと分からないくらい,小さくピクッと尻尾を動かした。