ねこの習性

 ねこにはいくつかの習性がある。ねこを飼っている人ならば少なからず思い当たる節があるだろう。例えば新聞を床に広げて読んでいるときその上にゴロンと転がる。転がる場所はちょうど読んでいる記事の上と決まっている。強引にめくろうものならば,その身軽な体をひょいっとこなしてまた新聞の上を占拠する。そしてまた読もうとする記事の上へ。パソコンで作業しているときもそうだ。いきなりキーボードの上に飛び乗ると,父の「うおぉー」と言う叫びを何回聞いたことやら。この手のことをやらかすのは,我が家一匹目のねこのぶちだ。結局のところ人に構って欲しいのだろう。時に作業していた文書がなくなってしまうほどのこともあったが,父は笑いながらぶちを膝に載せていた。クロは決してそういうことはしなかった。彼女はやはり気高かったのだろう。

 指や物を近づけると一度は匂いを嗅いでみる。ねこは目ではなく鼻で物を判断している。もちろん見てはいるが必ず匂いを嗅ぐ。鼻をヒクヒクさせながら近づいてくるのだ。それが食べものだと分かると立ち上がり食べ始める。もちろん意に沿わない物ならば知らん振りする。その場を立ち去るか,再び眠ってしまう。こどもの頃は面白がってお酢を指先に付けぶちに近づけた。はじめヒクヒクさせていた鼻を,突然後ずさりさせながら鼻を引っ込める。もっともこれは人間でも同じ反応をするだろう。

 まだある。ねこは飼い主の上で寝る。寝っ転がっていると足の方からそーとそーと上ってくるのだ。人間のお腹など決して安定していないだろうが,好んで乗ってくる。軽い猫でも3キログラムはあるので,さすがにずっと乗っていられると苦しくなる。うなされている父の姿を何度見たことか。二匹目の茶ねこは冬になると私の布団の中でよく寝ていた。布団に入ってくると最初に私の足の上で寝始める。膝より下の隙間に入ってくるのだ。重たいな~と思いつつも,お腹の上でないのだからそのまま私も寝てしまう。けれどもいつの間にか足の隙間からいなくなり,脇で寝ていることもある。私の寝相が悪く,寝返りしたときに弾かれたのだろう。ところがどういう訳か茶ねこよりも私の方が布団の端の方に追いやられ,茶ねこが中央で眠っていることが多かった。体格的に負けるはずのない私が,わずか10分の1ほどのねこに負けてしまうのだ。どういう流れでそうなったのか,一度録画して見てみたいものだ。

 今日のクレープは静かにソファで目を閉じている。前足を器用に折りたたんで自分の胸の下に仕舞った格好だ。ねこ座りでこれもねこがする習性だ。この姿勢だと首輪に掛けられたプレートはよく見える。今はそこには何も入っていない。次のねこ通信は彼女の番と私が勝手に決めたからだ。これからどんな展開になるか楽しみにしている。いつか謎は解けていくのだろうか。芝生の庭のこと。彼女のこと。そして家の中の同居人。やがて訪れることに不安はない。なぜならばクレープが橋渡ししてくれるからだ。クレープが我が家にやって来たその日のように,これから新しい世界が広がってくれるはずだ。根拠なんて要らない。長年ねこと生活してきた私の直感だ。私の思いなど知るはずもないクレープは一度だけ目を開けると,その瞳の中に私の姿が映った。私の存在を確認すると,クレープはねこ座りを解き前足を枕代わりにする格好で再び静かな寝息を立て始めた。もうすぐ夏がやって来る。空気の匂いがそれを感じさせる。