ねこの日光浴とビタミン補給

 視界から消えたクレープを思いつつも,私は主婦の仕事をこなしていった 。一軒家に住む私には,掃除をする割合が少し多いのだ。主婦の仕事はよく,炊事・洗濯・掃除と言われる。その大ざっぱな分け方には少々抵抗は感じるのだが,ここは大人になってその分類を呑むことにして話を進めよう。これら三つの仕事は,大きな違いがある。炊事と洗濯・掃除ではまったく異なる。炊事は建設的な作業で,洗濯・掃除は修復作業,もしくはメンテナンスにあたる。もちろん,炊事のあとには食器洗いという修復作業がある。モノをつくるのと完成されているモノを直すのとの違いだ。食事を作るのは決して嫌いではない。前の日にきちんと片付けられている  - ちゃんと毎日掃除をしているのだ -  テーブルに朝食を並べるのはまんざら悪いものではない。けれども,夕食にはそれほど熱心ではない。時には冷凍食品で主食を済ませることだってある。それについてダンナは文句ひとつ言わずに食べてくれる。食べることにそれほど興味がないと言ってしまえばそれまでだが。

 洗濯は好きだ。一日かけて汚れた服を,水と洗剤でしっかり消えてなくなるのが気持ちいい。汚れがひどいモノは,先に部分洗いをする。干すときにしっかりしわを伸ばしてからでないと気持ちが落ち着かない。そのくせ取り込んだあとにねこが近づいてきても,それほど気にならないのだ。それは私がまだこどもの頃,母親が洗濯物のタオルの上で気持ちよさそうに転がっているぶちを撫でている姿を見ていたことが影響しているのだろう。

 夏のねこは家の中で一番涼しいところを見つけるのが得意だ。全身毛で覆われ,しかも汗で体温調節ができないのだから,生きていく術として必要なのだろう。熱を放出するために全身を可能な限り伸ばして床や風通しのいい軒下で寝ころんでいる。その時の姿を見て思うことは,『ねこってこんなに長かったかしら』だ。冬は日当たりのいい窓際で寝る。ねこは陽の光を受けると体毛にビタミンが蓄積されると,何かの本で読んだ記憶がある。体を舐めまわすだけでビタミンを補えるらしい。そのことを知ったときは,ただ単にすぐそこで眠っているぶちを見て「あんたも無駄に寝ているだけじゃないのね~」と話しかけてみた。もちろん,ぶちは私の言葉など意に介さず眠り続けていた。

 午後になり洗濯物を取り込んだ。湿度の高いこの季節は,少し動くだけでうっすらと汗をかく,そんな季節だった。日が傾きかけた頃,自転車に乗り買い物に出かけた。クレープはまだ帰ってなかった。スーパーまでの道には,相変わらずねこたちの姿を見かける。明らかに飼いねこと分かるねこが,玄関の門柱の上から私を見下ろす。家と家の間には三毛猫が身軽に歩く姿が確認できた。三毛猫!まさか,と思い私は自転車を止めてその姿を目で追った。クレープだ!!それは確かにクレープだった。三毛猫などそう珍しくないので,似た他のねこと勘違いする可能性はある。けれども,あの後ろ姿は確かにクレープだ。クレープはしっぽに特徴がある。長いしっぽの先端には,やや右寄りにアルファベットのJの字のような黒い模様が,茶色の中に混ざっている。そんなねこはこの近所にはそうそう居ないだろう。それに体の大きさや歩き方が,家で見るそれと同じだった。家からは直線距離で80mくらいだ。ねこの行動半径としても考えられる範囲。クレープは今日家から出たときと同じように,突然勢いを増して二件目の家の中頃を過ぎたところで塀から庭に下りた。きれいに刈られた短い芝生の生えている庭だった。