ねこの個性

 ねこにもそれぞれ個性がある。まず,食べ物に現れる。一般的にねこは魚類が好きだと思われている。実際にキャットフードの種類を見ると,魚の味付けが多い。売れ筋はマ グロやカツオが入っているものらしい。中には「アジ味」といった,ちょっとふざけた名前のものもある。「白身魚のテリーヌ」に至っては,どこぞのレストランのメニューかと思った。ただ,これら人気の高いキャットフードが,どのねこにも通用するかというとそうでもない。ドライフードタイプが好きなねこもいれば,ウエットフードタイプがお気に入りのねこもいる。端から見ていると,ドライフードをカリカリ音を立てて食べている方が美味しそうに見える。ウエットフードはいかにもねこまんまから発想したもので,人間的な感覚で見るとそれほど美味しそうには見えない。二匹目に飼った茶ねこはドライフードのサーモンが大好物だった。新しいサーモンのドライフードを母が買ってくると,いてもたってもいられなくなり,はやく開けろと催促していた。その姿を見て私は,これだけ喜んで待ち望んでいる姿をさらけ出すのだから,コマーシャルの出演依頼が来てもいいのではないかとちょっとだけ期待したものだった。一方,わが家で飼った三匹目のねこ,クロはサーモンにはまったく見向きもしなかった。ある一時期,この二匹のねこは一緒に住んでいたのだ。

ねこは掃除機が嫌いだ。あの轟音を立てて勢いのよい風で吸い込むその姿は,ねこにとってはかなり苦手なようだ。ぶちは一度ひどい目にあった。弟がスイッチを入れた掃除機の吸い込み口をふざけて彼の足に向けたときタイミングよく - 彼にとっては最悪のタイミングで - 足を吸い込んでしまった。それ以来,電源の入っていない掃除機がちょっと動くだけでもぶちは逃げていく始末だった。でも,世の中には変わったねこがいるものだ。私が中学生くらいの頃に読んだ何かのエッセイには,挿絵入りでねこが掃除機のホースの口に平気で吸われていることが記されていた。気持ちよさそうに抜け毛を吸いとってもらっていたのだ。さらに,口元から鼻にかけて平気で吸い込まれている絵があった。ねこにもそれぞれの個性があるものだと感心した。

 クレープがわが家に来てからの彼女の主食はキャットフードではなかった。クレ ープは小食の方で,私たちが食べた魚の残りや鰹節が好みだった。最初のうちはキャットフードを買ってきたのだが,そのうち残っているキャットフードが徐々に湿ってしまい, おそらくクレープがもう食べないだろうと思い,彼女の皿にあけなくなってしまった。一 度だけウエットフードを買ってきたのだが,こちらはほとんど見向きもしなかったので,もったいなかったけれども捨ててしまった。

 クレープがわが家に来てやがて梅雨に入った。私は梅雨が苦手だ。洗濯物は乾きにくいし布団も干せない。ダンナは雨が降ろうが,傘を差して蟻の巣穴に行く。そのたびにシャツとジャージに土が付き,毎日のように余分な洗濯物が出る。クレープも外に出る機会は減った。いざ外に出ようとしたとき雨が降っていることに気づき,そのまま家の中に戻ってしまう。出不精なのだ。でも,梅雨の中休みの日には,庭の百日紅の下を通り,塀の上に素早く昇り,左側の隣家の塀から散歩に出かける。梅雨の鬱陶しさを除けば,穏や かな毎日を過ごしていた。でも,ある日クレープに変化が起こったのだ。正確には,クレ ープ自身に変化があったわけではなく,ちょっとした“事件”が起こったのだ。